信越本線小諸駅前にある懐古園。
その園内の藤村記念館を通りすぎ、鬱蒼と茂った木立の中の谷間にかかる橋を渡ると「小諸なる古城のほとり、雲白く遊子かなしむ」と藤村の詞が思わず口ずさまれる風景の中に小諸市立小山敬三美術館がある。
建物は文化勲章の受章者村野藤吾の設計によるもので、白い外観は周りの木立に溶け込んで美しい。
一八九七年小諸の醸造業を営む資産家の三男として生まれた小山敬三は、画家を志して慶大予科を中退し、一九二〇年フランスに留学する。
支持したのはシャルル・ゲランで二年後にはサロン・ドートンヌに入選。
滞仏中にイタリアやスペインを旅行して「アルカンタラの橋」や「トレド遠望」を描いた。
「小山君の橋は安心して渡れる」と安井曽太郎が評したように、彼の絵は重厚な筆づかいと、頑丈に引かれた線のダイナミックな構成で表現されている。西欧の芸術の教えを受けながらも、その規制から逃れて独自の画業を彼はそのときすでに確立していた。
六年前にパリで結婚したフランス人のマリー・ルイズ夫人を伴って一九二八年帰国する。
以後、白鷺城を描いた城シリーズと並んで、小山の本流とも言える「浅間山」を生涯のテーマとする。
季節や時間によって表情を変える浅間山を浅間山(暁)、紅浅間(有明月)、紅浅間(一九五六)、
浅間山盛夏、浅間山残雪、紅浅間(一九七五)などを描いた。その追及は彼の人生の記録であり、
自画像のようなものであった。